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	アグファ版のシングル-8の存在確認 へのコメント	</title>
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	<description>おもしろい映像を作るには8mmでも16mmでもビデオカメラでもコンピュータでもVRでもスマートフォンでもドローンでもAIでも何でも使いましょう！と提案するサイト</description>
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		<title>
		佐竹章一 より		</title>
		<link>https://www.muddyfilm.net/2009/01/agfa_single-8.html#comment-245</link>

		<dc:creator><![CDATA[佐竹章一]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 23 Feb 2009 05:28:50 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[アグファのシングル８フィルムについて
朝日ソノラマの雑誌（クラシックカメラ？）の2007年だったと思いますが、
元富士写真光機のデザイナーの水川繁雄さんが「シングル８カメラ開発物語」(4回シリーズ)の第1回目で書いています。
・・･･･「シングル8」は最初、従来通りのTAC（ﾄﾘｱｾﾃｰﾄ･ﾍﾞｰｽ）のフィルムで試作したが、どうもマガジンが大きすぎる。その後、スチルカメラの
方で簡易装填の「コダック・インスタマチック」と「アグファ・ラピッドパトローネ」騒動がおきたとき、富士写真フィルムとしてはラピッドパトローネ
陣営に加わる見返りとして、アグファに新8㎜システムでは富士の
マガジンを採用するように働きかけた。アグファはこの技術に感心して
賛同、協力することになったので、両社ではこのフィルム・システムを
「ラピッド８」と呼ぶことに、一旦はなった。
しかし当時、アグファではPETベース・フィルムの技術が無く、従来の
厚いTACベースしか生産できないので、このマガジンでは10m入りの
ものしか作れなかった。その時の名残が初期の「ﾌｼﾞｶｼﾝｸﾞﾙ8ｶﾒﾗ」の
カウンターに10mのところの赤ポチとして残っている。これはアグファの
10mシングル８のマガジンのエンドマークなのである。
アグファは「ラピッド８」のフィルムまでは試作したものの、その後
「ラピッドパトローネ」の失敗と共にスーパー８の陣営に下ってしまい、
カメラは世に出ることもなく、フィルムも「フジカシングル８カメラ」の
カウンターに赤ポチを残しただけで夢と消えた。・・･･･後略」　
以上　（八王子市　佐竹章一）　
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>アグファのシングル８フィルムについて<br />
朝日ソノラマの雑誌（クラシックカメラ？）の2007年だったと思いますが、<br />
元富士写真光機のデザイナーの水川繁雄さんが「シングル８カメラ開発物語」(4回シリーズ)の第1回目で書いています。<br />
・・･･･「シングル8」は最初、従来通りのTAC（ﾄﾘｱｾﾃｰﾄ･ﾍﾞｰｽ）のフィルムで試作したが、どうもマガジンが大きすぎる。その後、スチルカメラの<br />
方で簡易装填の「コダック・インスタマチック」と「アグファ・ラピッドパトローネ」騒動がおきたとき、富士写真フィルムとしてはラピッドパトローネ<br />
陣営に加わる見返りとして、アグファに新8㎜システムでは富士の<br />
マガジンを採用するように働きかけた。アグファはこの技術に感心して<br />
賛同、協力することになったので、両社ではこのフィルム・システムを<br />
「ラピッド８」と呼ぶことに、一旦はなった。<br />
しかし当時、アグファではPETベース・フィルムの技術が無く、従来の<br />
厚いTACベースしか生産できないので、このマガジンでは10m入りの<br />
ものしか作れなかった。その時の名残が初期の「ﾌｼﾞｶｼﾝｸﾞﾙ8ｶﾒﾗ」の<br />
カウンターに10mのところの赤ポチとして残っている。これはアグファの<br />
10mシングル８のマガジンのエンドマークなのである。<br />
アグファは「ラピッド８」のフィルムまでは試作したものの、その後<br />
「ラピッドパトローネ」の失敗と共にスーパー８の陣営に下ってしまい、<br />
カメラは世に出ることもなく、フィルムも「フジカシングル８カメラ」の<br />
カウンターに赤ポチを残しただけで夢と消えた。・・･･･後略」　<br />
以上　（八王子市　佐竹章一）　</p>
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