シングル8が無かったら、今の特撮映画はなかったかも

 

「もし、シングル8が無かったらどうなっていたのだろうか?」
確か似たような問いが、6月18日の寄り合いで出て来たように記憶してます。これは、正しく答えることは不可能な質問です。

ですが、、視点をうんと制限して、そして誤解を招くことをおそれずに、

シングル8がなかったら、いま活躍中の映画監督やプロデューサーの多くは存在しない、と言ってみます。

SFやホラーの自主映画をこしらえた作家さん達が、シングル8が選んだ理由はいろいろあると思いますが、やっぱり「特殊撮影」ができるシステムだと思われていたのが大きいと思います。(スーパー8で出来ないという意味ではなく)
そして、そこからシングル8がなかったら、今の特撮映画とかホラー映画とか、そういうジャンルは今もっとお寒い状態になっていたのではないか!と思うのです。

そこで、特撮・ホラー物の自主映画で人気を得たことがあり、また今でもそのマインドをお持ちの人をちょいと挙げてみました。

たとえば、手塚眞。手塚さんの作品は、今関あきよしさんが撮影監督を務めた『MOMENT』(’81)以外はほとんどシングル8です。使っているカメラは、ZXM500やZX550がメインなようですね。PX300、ZM800、P1も時々登場します。ZC-1000は持ってないとのこと。
シングル8がなかったら、東京12チャンネル(現・テレビ東京)のテレビ番組『もんもんドラエティ』のワンコーナーであった『お茶の子博士のホラーシアター』(’81)はなかったでしょう。
毎週3分程度のコーナーでしたが、地下道で殺人鬼はわけもなく人を刺し殺す、怪獣は出てくる、カップルは焼け死ぬ、人体破壊、肉体変容、マッドサイエンティストによる人間爆発、とても今では信じられないようなシーンがお茶の間に展開された、画期的といえばあまりに画期的な作品でございました。

手塚眞の学友であった小中和哉。『地球に落ちてきたくま』は、シングル8でなければ作れない特撮エンターテイメントです。
ご本人に機材の事を伺ったことはないのですが、月刊『小型映画』の末期では時々特撮テクニックの話題で登場しますし、当時のスタッフには現在特機開発をされている方もいます。やはりシングル8には相当助けられていると思います。
小中さんの8mm作品では『いつでも夢を』が忘れられません。橋幸夫と吉永小百合がデュエットした昭和37年の大ヒット曲をバックに、素朴なカップルが町中で小さいミュージカルを繰り広げるという作品なのですが、全編が多重露光の繰り返しで描かれる楽しさとすがすがしさは、ちょっと他に見たことがないきもちよさでした。もちろんシングル8作品です。

きもちよいといえば、『かにゴールキーパー』『日本以外全部沈没』『ヅラ刑事』など、いい湯加減のギャグを連発する、河崎実。
処女作の『フウト』(’77)と『√ウルトラセブン?放浪の果てに?』(’79)はスーパー8作品ですが、以降は全部シングル8作品。
特に『エスパレイザー』(’83)というオリジナルヒーロー特撮作品では、RT200の粒子の粗さを逆用してミニチュアシーンのリアリティがあげる、という策士ぶりを見せます。この作品は文芸座ル・ピリエの自主映画興行記録を破った作品としても記憶に残ります。
カントクのZC-1000は後輩の手に渡っていますが、8mmマインドはそのまんまです。先日8mmカメラを向けたらブルース・リーのまねをし始めましたし・・・当時の映画小僧のマストアイテムですからね、ブルース・リー。というわけで、お写真は当方のNIZO156マクロで撮った数年前のカントク。

上記三人に何かしら関係のある人間として、一瀬隆重。『ウルトラQ NO.29闇が来る!』や、『理想郷伝説』他の8mm作品あり。小中和哉の16mm作品『星空の向こうの国』のプロデュース以降は、プロデューサーの顔の方がメインになってきたようですが。 この方がいなけりゃ今のホラー映画の隆盛はないですよ。

一瀬さんは関西の方。関西といえば、ゼネラルプロダクツ→ガイナックスは忘れられません。有名なところで庵野秀明の『帰ってきたウルトラマン』は、シングル8無しには作れません。
以前、ガイナックスの取締役である武田康廣さんと一緒にCS番組『侵略放送パンドレッタ』の8mm特撮映画特集に出演したことがございます。
どんな文脈だったか忘れましたが、「実はガイナックスにはZC-1000が二台ある。あれで何かやりたいんだよね」と二人しかいない控え室であたくしに語ったことだけを覚えてます。

武田さんがナニを意図していたのか、全然分かりませんが、少なくとも、ZC-1000には何か武田さんに事を起こさせようとする、奮い立たせるような力があった、ということなのでしょう。

特撮とホラーというキーワードでくくってもぱっと思いついただけでも、これぐらい。他にももっともっといますがひとまずこの辺で。また、特撮スタッフまで広げればもう限りないのでしょうねえ。

 

「シングル8が無かったら、今の特撮映画はなかったかも」への1件のフィードバック

  1. シングル8

    富士フィルムの8mmフィルムフォーマットの製品。
    1965年、コダックのスーパー8と同時期に発売。
    当時、扇千景出演CM「私にも写せます」が話題に。

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